来月の挙式がただでさえ鬱なのに、旦那の従姉妹が「うちに泊まってくれ」と言ってきた。
その後、「せっかく出てきたんだからもう一泊して温泉にでも行かないか?」と誘われた。
あの。
こっちは、娘一人家に置き去りにして留守番させてまで、行くンすよ?
温泉?
そして自宅へ泊まれと?
自分の実家にも泊まれない私に、自宅に泊まれと?
ゆっくりできないどころの騒ぎじゃないじゃないか。
すべて向こうの善意だとわかってますけど。
自分にはめっちゃくちゃキツイです。
当日は笑えないだろうなあ。
ひとりだけホテルに泊まっちゃいけないだろうか?
古いビジネスホテルでいいから。
もう泣きそう。
子に依頼されて、再び絵を描く。
頭で浮かぶ構図が、描けない。
絵は毎日描いていないと、腕が鈍るってイラストレーターさんが言ってたっけ。
自分はどれだけ長い事絵を描いていなかっただろう?
出来上がった絵はすごく不自然で。
腕や指なんて泣きたいくらいだったけれど。
子は、喜んでいた。
自分の好きキャラを友達に描いてもらっているのだそうだ。
どんなにヘタクソでも。
求められれば嬉しいし。
喜ばれればありがたい。
ちょっとこんな感覚、忘れてた。
このブログも何人の人が見ているのだろう? と思う。
自分が足掻いてのたうっているのをみていて、楽しいかな?
そんな自虐的な思考。
楽しいですか?
人の金で寿司を喰らった。
カウンター寿司と回転寿司の間の寿司。
上品で、メチャ美味い。
たらふく喰らった。
最近の節約貧乏生活が嘘のように喰らった。
とにかく人の金で喰う飯は美味いってことだ。
中でも寿司は格別だ。
さっきもチャットしてた。
初対面の相手にいろいろ相談事投げかけたりしてた。
全然知らない人の方が、話って出来ると思う。
自分はネットの世界でも自分に自信がない。
人付合いが判らないから、距離感に自信がないのだ。
だから誤解したり。期待したり。萎縮したり。逃げたりする。
いつも活発に動いている人は、肩が触れたくらいは気にしないんだと思う。
それで「ごめん」と言い残して、さっさと歩いて行ってしまう。
動いていない方は。
触れた衝撃で自分の立ち居地すら変わってしまってたりで。
それこそ世界が変わったかのような心地かもしれない。
そんなふたつに接点なんて、あるんだろうか。
私は自分のエリアに、自分の目測以上の早さで突っ込まれるのを嫌う。
マイナス的にはその人から逃げ、プラス的には「なにかあったのかな?」と期待を抱く。
どっちもお門違いだ。
どっちも大間違い。正解じゃない。
自分をかすめた人は、自分に好意を持ってくれてるんじゃないのか。
今はそんな幻想に惑わされている。
困ったものだ。
相手にとってそれは、日常茶飯事で、何の変哲もないことなのに。
はあ。
最近毎日のようにチャットをしてる。
日本のあちこちの、全然知らない人と話が出来る。
くだらない話をして笑う。
メンツも同じくらいの年齢の人から上の方が多くて。
お孫さんの話とか。
パートの話とか。
昔流行った漫画とか。
話題もいろいろで、飽きない。
時々思う。
自分は何をしたいんだろうって。
でも現実から逃げたい時は、つい押しちゃうんだ。
チャットの扉。
そこは文字だけで人間が模られてる空間。
お陰でいろいろと忘れられた。
KANの曲のタイトルでもありますが。
今ひとつ、悔やむ事があるとするなら。
それはやっぱり、自分の大事な子供達の抹消。
やっぱりふたりは淘汰されていく。
それを止めることは出来ないけれど。
残すことは出来たかもしれないのに。
あの人達の情熱に、勝手に賭けて、勝手に敗北宣言して散った自分が悪いんですけど。
今更遅いよ。
付き合いも何もないから連絡のひとつもないけどね。
もし気さくに話が出来る間柄だったら、そう言ってたかもしれない。
自分の迷いを断ち切るように。
自サイトへの最後の入口を、断ち切った。
ちょっと悔しい。
力も無くて、時間も余裕もなくなった自分が、悔しい。
神様はいじわるだ。