子どもの頃の一日の長さと、
老人のそれは、
同じじゃないらしい。
科学的にもいろいろと研究されていて、
年を取ると時間経過が短く感じるのは、
どうも仕方のない事らしい。
一月も半分以上過ぎた。
スケジュール帳を何冊も駆使して、
自分を管理し始めた。
おかげさまで自営業の関係は、
予想よりも早く進んでいる。
お待たせしているお客様に、
胸を張って挨拶できる日が近づいている。
そんな、今までの人生の中で、
かつてないような、
ワクワク感の真っただ中の私の体感している一日は、
とても50前のおばさんとは思えないくらいに、長い。
時計の針はこんなにも進まないのかと、
苦笑いしてしまう。
マックで培った、
スキマの時間にでもこんなにたくさんの事が出来る
という体験は、
今、本当に活かされている。
仕事場で勉強をしつつ、
コーヒーの出来上がるのを待つ間、
気分転換に、
スマホで仕事用のFBページを手直しし、
パッドでネット徘徊をする。
情報は最終的には紙に残さないと、
一瞬で消え失せる事を知ったから、
一日の終わりにはがっつりボールペンで
複数の日記をしたためる。
仕事用日記。
体調管理日記。
スケジュール管理。
メンタルケア日記。
ふせん、という流行りも有効に取り入れてる。
体感時間が長く感じるのは、
何かを待っているからかもしれない。
待つという行為は、とてもつらい行動だ。
一日の終わりに、
半身浴をしながらアプリゲームを楽しむ。
防水性が必須という理由でアンドロイド。
単純だ。
本当に時間が過ぎるのが遅い。
時はなかなか流れてくれない。
時の流れの早さを感じられるようになった頃には、
私は仕事に没頭していたい。
自由でいられる間に、やりたい事をしたいのだ。
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